ラスベガス半生中継XVI

2006年11月11日〜11月18日(6泊8日)

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第3日目-1-1:本日の朝ごはん

 今日はいよいよ聖地に移動です。飛行機の出発は朝8時過ぎですが、レンタカーの返却もあるので、念のため5時半過ぎにモーテルを出る事にしました。このモーテルでも朝食が出る事になっていましたが、ワタシがロビーに出たときにはまだ準備中で、せっかくのコンプリメンタリーを受けることができませんでした。

 飛行機に搭乗してしばらくすると、CAが、なにやら紙の箱を持って機内を回り始めました。ワタシのところに来たCAが、「スナックはいかがですか」と言うので、その紙の箱を一つ手に取ったら、「$5です」と言われました。タダではなかったのですね。でもまあ、朝食を取っていない事もあり、ポケットから$5札を取り出して緑色の箱をもらう事にしました。

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1:「きつねらあーめん」が入っている箱を思わせるスナックの箱。右側に見えるのは、ドリンクサービスで配られたお菓子。
2:箱の中身。スナックは他にも2,3種類あったらしい。サラミソーセージ(前列右)が案外おいしかったです。

第3日目-1-2:ピンボール・ホール・オブ・フェイムへの苦難の道

 ラスベガスに到着すると、レンタカーを借りるため、送迎バス乗り場に向かいます。シカゴと違っていちいち呼び出す必要がないので楽です。

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3:借りた車。駐車場で目に付き易いよう、赤い車にしてみました。ナンバーが、「コナミ、TILT(コナミ、壊れた)」と読めるのがグッドです。

 車を借りたら、ホテルに行く前に、トロピカーナ通りを東へ行ったところにある、「ピンボール・ホール・オブ・フェイム」に向かいます。これは、昔のピンボールマシンをちゃんと遊べる状態で集めている、比較的最近できたホットなスポットで、ここに来るのは今回の巡礼の大きな目的のひとつでした。

 ところが、事前にGoogleマップで見当をつけていたつもりだった場所に到着すると、そこはスーパーマーケットのアルバートソンでした。ついでなのでボトルウォーターと少々の食料を買い、改めてもう少し東に進むと、二つ目のマーケットプレイスが見つかったので中に入ってみましたが、ここでもありませんでした。おかしい。そう言えば、確か、何とか言う目印になるものがあったと思ったけど、なんと言ったけか・・・

 そのマーケットプレイスをわき道から出て、トロピカーナ通りに戻ろうと信号待ちをしていると、「ホームレス・助けてください」と書いたダンボールの切れ端を持った中年女性が、道路の中央分離帯で、信号待ちをしている車に物乞いをしているのが見えました。ラスベガスではたまに見かけるシーンですが、今まで相手にする人を見たことがありません。今回もそうで、彼女はだんだんとワタシの車の方に近づいてきます。ワタシはダメ元で窓を開け、近づいた彼女に話しかけてみました。

「あの、ピンボール博物館って、どこにあるか、あなたは知ってるだすか?」

 彼女は、一旦ワタシが今出てきたマーケットプレイスを指差しかけましたが、すぐにトロピカーナ通りの東の方を指し直し、「この先にトロピカーナシネマと言うところがあるので、そこよ」と答えました。

 トロピカーナシネマ!

 忘れてしまっていたなんとか言う目印はそれだ! 彼女が言っていることはでまかせじゃない! ワタシはポケットから$5札を出してお礼を言いながら彼女に渡し、変わった信号を左折して、トロピカーナ通りを更に東に進みました。

 

第3日目-1-3:今度こそピンボール・ホール・オブ・フェイム

 ようやく辿りついたピンボール・ホール・オブ・フェイムとは、こんなところでした。

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4:外観。派手な看板があるわけでもなく、目立たない。
5:営業時間はあまりにも普通。
6:店内の一部。このように、ピンボールがずらっと並んでいる。
7:ウィリアムズ社 ヘイバーナーズ(1951)。自分の馬が1着になるように操作する。全ての部品が当時のオリジナルのままとのこと。
8:バーリー社 サーカス(不明)。フリッパーは付いているが、スコア表示が電光ランプで行われる時代のもの。
9:バーリー社 ターゲットロール(不明)。ルーレットのようなフィールドにボールを打ち出して所定の穴を狙う変わりダネピンボール。
10:バーリー社 トレイルドライブ(1972?)
11:バーリー社 ファイアーボール(1972)。
12:ゴットリーブ社 エル・ドラド(1975)。10〜12は、ワタシが中学生、高校生の頃、ボウリング場やダイエーのゲームコーナーで散々遊んだ機種。
13:殆どの機械には、手書きの解説カードが貼られている。
14:ピンボール以外にも、少数ですがその他のコインマシンもありました。
15:たくさん写真を撮ってきましたが、とても全部は掲載しきれないので、一部のサムネイルだけでもご披露しておきます。

(2006.11.29)

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